2008年 03月 10日
◎「土手の3月」 |
でんでんむしさんでんでんむしの岬めぐりが「新ネタ仕入れ」の長旅に出たらしい。全国各地の岬を(クルマも使わずに!)何百カ所も廻るなんて、壮挙というか物好きというか、ともかく一大プロジェクトだ。カネとヒマはもちろん、卓越した計画性と行動力なしにできることではない。
その点、おれのブログは手軽なテーマを選んでつくづくよかった。なんといっても手間がかからない。書くネタに困れば、ほとんど着の身着のままで家を出て5分で土手に上る。そして2〜3時間も歩けば、買い物帰りの主婦のかごみたいにいろんな食材が詰まっている。その分、記事が毎度かわりばえしないとか中身が薄いとかはあるにしても、元手なしなんだからしかたない。
この日も風が寒かった。もう三月だからという油断もあり「おだやかに晴れて暖かくなるでしょう」という気象情報を鵜呑みにしたせいで、北西の強風に難儀した。シドニーならともかく、北風が寒いのは常識だ。けれども30年前この地に移ってきてすぐ気づいたように、当地は江戸川を越えてくる西風が強い。また筑波おろしとかいって田んぼを渡ってくる東風が衣服を突き抜けるほど冷たいこともある。いずれにしても四囲さえぎるもののない土手では年中「千の風が吹き渡って」いるわけだ。
その風に向かって、「北風と太陽」の男みたいに帽子のつばを抑え前傾姿勢で歩く。ヨット乗りのantsuanさんあんつぁんなら熟知していようが、風の力というのは侮れないもので、スポーツから選挙やビジネスまで追い風か向かい風かというのは大きな差だ。耳をかすめる風の音を聞きながら、早くUターンして追い風で歩きたいと思った。
しかし考えてみれば、気象情報というのは関東南部とか山沿いなどという大まかなものでピンポイント予報ではないのだから、恨んでも始まらない。せいぜい経験を生かして自分なりの「土手の気象予報」を編み出すべきだろう。
それでも雲一つない快晴。黄砂もなく、富士山が大きく見える。日射しが明るい。あちこちで菜の花が咲き始め、伸びた茎の先に美味そうなつぼみがふくらんでいる。合間にホトケノザの紅色が点々。ヨモギの柔らかな葉が地表を覆うように広がっている。
川の流れは細いが、カワヤナギの梢はけぶるような色に変わってきた。空にはヒバリの声──頭の後ろのほうで、歌声が聞こえるような気がする。
♪♪どこかで春が うまれてる どこかで水が 流れ出す
どこかでひばりが ないている どこかで芽のでる 音がする
山の三月 東風吹いて どこまで春が うまれてる
「どこかで春が」曲・草川信/詞・百田宗治
土手の三月はまだ肌寒いけれど、まさにこの歌のような景色が目の前にある。この歌を習ったのは小学生のとき。当時はもとより久しく「こち=東風」とはわからなかったっけ。どういう経緯か誰が言い出したか知らぬが、近年では“東風”を“そよ風”と置き換えているらしい(ちょっと違うと思うな)。ちなみに老母はここにさしかかると早口に「ひがしかぜ」と歌う。
スポーツ自転車の男が、身をかがめ尻を振って走っていく。気合いの入った走行は、傍目にも気持ちよい。この人たちには寒さも風も関係ないらしい。
──彼らは、明確な動機があるからなあ。プロをめざすとか賞金を狙うとか、目的がハッキリしていればこそハードトレーニングもいとわないわけだ。cyclist_makiさんによると、あのウェアは機密性が高くて暖かいというが、まねできるものではない。
ところで、おれの場合はどうか。ひょんなことから突如スポーツ人間に変身したのが十数年前。直接の動機はぎっくり腰で、運動不足の解消と体重減量が目的だった。そして、いくらか調子をつかみ始めてからは「見苦しくなく加齢・願わくは強健で」という意識が明確になった。
だが、それくらいのことで永年の土手歩きは継続できるものではない。物好きといわれようが、何が面白くてと揶揄されようが、同じ道を歩き続けているのは、つまるところ「楽しくて気分がいい」からだ。そしてそれは、土手には変化に富んだ四季の自然があるからに他ならない。
歩きなれた道、見なれた景色であっても、歩くたびに発想が刺激される。意外な想念に心を遊ばせることができる時間は得がたいものだ。
「海から32㎞」地点の土手下からそびえ立っていた大ケヤキが伐採された。先週見たときには3台の作業車を動員して、屋敷の背後を守るようなカシの大樹を斬っていた。このお宅の象徴のように見えたケヤキは安泰と思ったのだが、どのような事情があったのか。私のコース中随一の巨樹で、景観としても目印としても愛着のある木だったから、土手の景色が少し変わるようにさえ思われる。
今朝からの雨で土手は潤って、つぎに歩くときにはすべての野草が一斉に勢いづいているだろう。
その点、おれのブログは手軽なテーマを選んでつくづくよかった。なんといっても手間がかからない。書くネタに困れば、ほとんど着の身着のままで家を出て5分で土手に上る。そして2〜3時間も歩けば、買い物帰りの主婦のかごみたいにいろんな食材が詰まっている。その分、記事が毎度かわりばえしないとか中身が薄いとかはあるにしても、元手なしなんだからしかたない。
この日も風が寒かった。もう三月だからという油断もあり「おだやかに晴れて暖かくなるでしょう」という気象情報を鵜呑みにしたせいで、北西の強風に難儀した。シドニーならともかく、北風が寒いのは常識だ。けれども30年前この地に移ってきてすぐ気づいたように、当地は江戸川を越えてくる西風が強い。また筑波おろしとかいって田んぼを渡ってくる東風が衣服を突き抜けるほど冷たいこともある。いずれにしても四囲さえぎるもののない土手では年中「千の風が吹き渡って」いるわけだ。
その風に向かって、「北風と太陽」の男みたいに帽子のつばを抑え前傾姿勢で歩く。ヨット乗りのantsuanさんあんつぁんなら熟知していようが、風の力というのは侮れないもので、スポーツから選挙やビジネスまで追い風か向かい風かというのは大きな差だ。耳をかすめる風の音を聞きながら、早くUターンして追い風で歩きたいと思った。
しかし考えてみれば、気象情報というのは関東南部とか山沿いなどという大まかなものでピンポイント予報ではないのだから、恨んでも始まらない。せいぜい経験を生かして自分なりの「土手の気象予報」を編み出すべきだろう。
それでも雲一つない快晴。黄砂もなく、富士山が大きく見える。日射しが明るい。あちこちで菜の花が咲き始め、伸びた茎の先に美味そうなつぼみがふくらんでいる。合間にホトケノザの紅色が点々。ヨモギの柔らかな葉が地表を覆うように広がっている。
川の流れは細いが、カワヤナギの梢はけぶるような色に変わってきた。空にはヒバリの声──頭の後ろのほうで、歌声が聞こえるような気がする。
♪♪どこかで春が うまれてる どこかで水が 流れ出す
どこかでひばりが ないている どこかで芽のでる 音がする
山の三月 東風吹いて どこまで春が うまれてる
「どこかで春が」曲・草川信/詞・百田宗治
土手の三月はまだ肌寒いけれど、まさにこの歌のような景色が目の前にある。この歌を習ったのは小学生のとき。当時はもとより久しく「こち=東風」とはわからなかったっけ。どういう経緯か誰が言い出したか知らぬが、近年では“東風”を“そよ風”と置き換えているらしい(ちょっと違うと思うな)。ちなみに老母はここにさしかかると早口に「ひがしかぜ」と歌う。
スポーツ自転車の男が、身をかがめ尻を振って走っていく。気合いの入った走行は、傍目にも気持ちよい。この人たちには寒さも風も関係ないらしい。
──彼らは、明確な動機があるからなあ。プロをめざすとか賞金を狙うとか、目的がハッキリしていればこそハードトレーニングもいとわないわけだ。cyclist_makiさんによると、あのウェアは機密性が高くて暖かいというが、まねできるものではない。
ところで、おれの場合はどうか。ひょんなことから突如スポーツ人間に変身したのが十数年前。直接の動機はぎっくり腰で、運動不足の解消と体重減量が目的だった。そして、いくらか調子をつかみ始めてからは「見苦しくなく加齢・願わくは強健で」という意識が明確になった。
だが、それくらいのことで永年の土手歩きは継続できるものではない。物好きといわれようが、何が面白くてと揶揄されようが、同じ道を歩き続けているのは、つまるところ「楽しくて気分がいい」からだ。そしてそれは、土手には変化に富んだ四季の自然があるからに他ならない。
歩きなれた道、見なれた景色であっても、歩くたびに発想が刺激される。意外な想念に心を遊ばせることができる時間は得がたいものだ。
「海から32㎞」地点の土手下からそびえ立っていた大ケヤキが伐採された。先週見たときには3台の作業車を動員して、屋敷の背後を守るようなカシの大樹を斬っていた。このお宅の象徴のように見えたケヤキは安泰と思ったのだが、どのような事情があったのか。私のコース中随一の巨樹で、景観としても目印としても愛着のある木だったから、土手の景色が少し変わるようにさえ思われる。
今朝からの雨で土手は潤って、つぎに歩くときにはすべての野草が一斉に勢いづいているだろう。
by knaito57
| 2008-03-10 09:49
| ◎土手の細道
|
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Comments(9)
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saheizi-inokori at 2008-03-10 10:31
>元手なしなんだからしかたない
人生と言うかけがえのない元手がかかっています。
土手を歩いても早く家に帰ってテレビを見たいという思いしかない人も沢山いる。
もとでのかかったウエアに身を包んでいても。
人生と言うかけがえのない元手がかかっています。
土手を歩いても早く家に帰ってテレビを見たいという思いしかない人も沢山いる。
もとでのかかったウエアに身を包んでいても。
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knaito57 at 2008-03-10 18:31
人生という元手ですか。うまいことおっしゃる。それにしても私は元手がかかっていない人生で、それに見合った結果を体現しているにすぎないと自省しています。
しかし──人はみな元手をかけて生きてきたのだ──という気持を持てば、幾分は胸を張れるでしょうし、他者に対する敬意も生まれるでしょう。いいことを言ってくださいました。
しかし──人はみな元手をかけて生きてきたのだ──という気持を持てば、幾分は胸を張れるでしょうし、他者に対する敬意も生まれるでしょう。いいことを言ってくださいました。
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散歩好き
at 2008-03-10 19:43
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小生は正ちゃん帽にウインドブレイカーの上下に長靴で首からカメラをぶら下げ軍手をして歩いています。右手は川原に下りると軍手を外します。
葦の疎らな所は入る事がありますが2月のある日左人差し指の甲にトゲの後みたいのがあり痒みがあるので湿疹の手当てをしていたら赤みが増してきた。いわゆるステロイド軟膏で悪化したら細菌か真菌かと予想が立つ。皮膚科に相談したら患部の皮膚片から培養しなければ確認できない(顕微鏡検査では解らない)というが小生の想像に同意してくれた。培養には東京の大病院んに行かなければ出来ない。病名が合っていても内服を数ヶ月続けなければならない。嗚呼面倒な事になった。
knaito57さんも植物の茎等で傷をつけないように気をつけてください。
葦の疎らな所は入る事がありますが2月のある日左人差し指の甲にトゲの後みたいのがあり痒みがあるので湿疹の手当てをしていたら赤みが増してきた。いわゆるステロイド軟膏で悪化したら細菌か真菌かと予想が立つ。皮膚科に相談したら患部の皮膚片から培養しなければ確認できない(顕微鏡検査では解らない)というが小生の想像に同意してくれた。培養には東京の大病院んに行かなければ出来ない。病名が合っていても内服を数ヶ月続けなければならない。嗚呼面倒な事になった。
knaito57さんも植物の茎等で傷をつけないように気をつけてください。
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knaito57 at 2008-03-11 08:57
帽子・軍手・長靴・長袖……これは山野歩きの定番必需品です。土手の草むらや河川敷また雑木林や籔に入り込むとき、ヒトは水滴・蛇・虫はもちろん草木によるかぶれ・擦過傷などに対して実に無防備でひ弱な生き物ですからね。
(指先のトゲに大げさな……でも、学究の散歩好きさんらしいなあ)
私もボケ・ピラカンサ・モミジイチゴなどのトゲでとがめることがよくあるので、この毒性はわかります。そして指先が気になるたびに、ゾウ(ライオンだったか)だってトゲには泣くんだ、と自分を慰めるのです。
(指先のトゲに大げさな……でも、学究の散歩好きさんらしいなあ)
私もボケ・ピラカンサ・モミジイチゴなどのトゲでとがめることがよくあるので、この毒性はわかります。そして指先が気になるたびに、ゾウ(ライオンだったか)だってトゲには泣くんだ、と自分を慰めるのです。
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散歩好き
at 2008-03-12 07:30
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土壌や植物には意外な真菌類が住んでいてちょっとした傷で感染する事があります。むしろ珍しい事ですが治りが悪い時は疑う必要があります。
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knaito57 at 2008-03-12 09:46
散歩好きさん。私は土を清浄なものと考えているのですが、当節では埋め立て用土など汚染された土壌がふえて“土信仰”が揺らぎつつあります。
恥ずかしながら、真菌とは初耳です。以前テレビで、製薬会社が競って世界の奥地に入り地中の菌類(バクテリア?)から新薬の開発を競っているというルポを見たことがあります。歴史が古い植物の医薬利用を追うように、土壌には未知の世界があるようですね。
恥ずかしながら、真菌とは初耳です。以前テレビで、製薬会社が競って世界の奥地に入り地中の菌類(バクテリア?)から新薬の開発を競っているというルポを見たことがあります。歴史が古い植物の医薬利用を追うように、土壌には未知の世界があるようですね。
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散歩好き
at 2008-03-12 13:19
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真菌症で有名なものは水虫です。キャンジダ症もポピュラーになりました。カビの一種です。この仲間で面倒なのがあります。
近所です。ホントにお久しぶりです。
昨年末のことですが、水上から陸地を見てきました。江戸川漁業組合・・・はじめは???といった感じでしたが、なるほど!と思うところもありました。さらに、この文の作者が85歳で、声は大きく話も上手で、しかも自分でワープロを打ったということにもびっくり!!(ちょっと長いですが・・)読んでいただきたくなりました。
昨年末のことですが、水上から陸地を見てきました。江戸川漁業組合・・・はじめは???といった感じでしたが、なるほど!と思うところもありました。さらに、この文の作者が85歳で、声は大きく話も上手で、しかも自分でワープロを打ったということにもびっくり!!(ちょっと長いですが・・)読んでいただきたくなりました。
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knaito57 at 2008-03-17 07:59
ご近所さん。水上から見ると地元のようすも違って見えますよね。見慣れた景色も、目線がわずかに変わるだけで様変わりに見える。私は川岸に下りたとき“別世界”を見て驚いたことがあります。
「私と江戸川」を読みました。江戸川についてはそれなりにわかっているつもりですが、坂川、松戸川の歴史など教えられることが多かったです。しっかりした文章と貴重な写真資料なので、多くの人に読んでほしいHPです。ご当地は人材豊富ですね。
「私と江戸川」を読みました。江戸川についてはそれなりにわかっているつもりですが、坂川、松戸川の歴史など教えられることが多かったです。しっかりした文章と貴重な写真資料なので、多くの人に読んでほしいHPです。ご当地は人材豊富ですね。