2008年 02月 13日
◎土手の早春賦 |
今年は首都圏でよく雪が降る。週末毎だし、たいした積雪ではないのだが、都市も都会人も雪に弱いからニュースなどで大騒ぎする。ヤワな世の中じゃ(と、土手の仙人)。
仙人はヒマゆえ、雪というとむしろ心がはしゃぐ。先週の雪の朝は、ゴム長靴をはいていそいそと土手に出かけた。けれども3センチくらいの雪では一面の銀世界とはいえず、雪景色は期待はずれ。それよりも、翌朝の濃霧がよかった。カメラのレンズに水滴がつき頭髪が濡れるほどだったが、土手に立つと異次元の空間にいるようなときめきを覚えた。季節がら強風が吹き、そんな日は富士山がよく見える。というように、気象の変化には見慣れた景色を別物に見せてくれる功徳がある。
週の初めは、私は歌謡人間だ。家にいても土手を歩いていても、頭の中にはいろんな歌が渦巻いている。一日じゅう母と歌謡ビデオを見て過ごす週末の後遺症で、ひっきりなしに演歌や童謡・唱歌の一節が口をついて出るのだ。この日は『早春賦』だった。
♪♪春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
氷解け去り 葦は角ぐむ さては時ぞと 思うあやにく
今日もきのうも 雪の空 (吉丸一昌作詞/中田章作曲)
メロディーといい歌詞といい、すばらしい曲だ。もちろん私は谷を土手と読み替えるのだが、「時にあらずと声も立てず」というウグイスの心情を思うと胸に迫るものがある。詩人のこういう感性はもちろん、歌の力、言葉の力はすごいなあと思う。
覆いかぶさるような曇天の下、寒風をこらえて歩く。まだ景色の変化は乏しく、勢いがあるのはネギ畑くらいだ。小さな畑に、青くたくましいのがみっしりと育っている。で、このほど特許庁に「矢切ねぎ」が商標登録されたという話を思い出した。
“渡し”で有名な矢切は10キロ余り下流で、ネギ栽培が盛んな地域だ。当地流山でも同様なのは江戸川の氾らんがもたらした土壌が適しているためだそうで、明治初期から始まったという。さらに下流の「市川なし」も同じ恩恵によるものなのだろう。
このネギは太くて甘味がある高級品種で、料亭用のほか贈答品としても珍重されるとか。中国製冷凍ぎょうざ事件を機に中国産食材の安全性が大きな問題になっているが、身近にこういう生鮮食材が豊かにあるとは幸せなことだ。とはいっても、正直なところネギはあまり好きではない。学校給食のみそ汁に無造作に入っていた、太くて生っぽいのを悪夢のように思い起こす。
ネギといえば、食道楽のsaheiziさん梟通信が大塚「岩舟」のネギ蕎麦とか、よく書いていらっしゃる。私はグルメとは縁遠い人間なので、しばしば紹介されるいい店や美味いもの情報にはなじめないのだが、「バルセロナで食べた黒こげネギ」の話(1/22)は印象深い。
それは、長いまま黒く焦げたのが山盛りにでてきたやつを「一皮剥いたらソースをつけて仰向いて青い方を持って口の上に吊り下げるようにして下の方からツルッと食べる」のだとか。汚れないようにエプロンと腕カバーをしてからとりかかるというから豪快だ。スペイン人の味覚は不明ながら、日本でも食通の文章などにネギ談義を見かけることがあるから、案外と国際的な人気食材なのかもしれない。美食ぎらいでも「ブドウの枝で焼くと風味が増す」などと聞くと、野趣ゆたかで美味そうに思う。
ネギ、ねぎ、葱……私は数年来、妻が参加している短歌の同人誌の校正を手伝っている。もとより素人作品だから上手な歌は少ないが、各地に住む人々の生活感ある詠草にはそれなりの魅力もある。メンバーの大半が高齢者ゆえ、老い・病・死などを詠んだ歌が多く、しばしばやりきれぬ気持にもなる。けれどもまた、筆跡のおぼつかない原稿と突き合わせながら読むと、人生の真理をかいま見たような感銘を受けることもある。
先日見た中に「野良仕事を終えて家に上がり下着を脱ぐとき、ふと玉ねぎの皮をむく動作を思っていた」という歌があった。
ネギも玉ねぎも、薄皮を一枚剥くだけで白くみずみずしい肌が顕れる。考えてみればちょっと変わった野菜だ。だからといって、私は決して(断じて、誓って)汚れた野良着から現れた白いお尻を想像したわけではない。農家のおば(あ?)さんの、たくましくも愛すべきしぐさに飄逸な人柄がうかがえて、いい歌だと思っただけだ。
早くもオオイヌノフグリのかわいい花がちらほら見られる。枝先がけぶってきたカワヤナギは芽吹きが近い。月が変われば菜の花が咲き出す。今まさに土手には、星野立子が「下萌えて土中に楽のおこりたる」と詠んだその気配が感じられる。
仙人はヒマゆえ、雪というとむしろ心がはしゃぐ。先週の雪の朝は、ゴム長靴をはいていそいそと土手に出かけた。けれども3センチくらいの雪では一面の銀世界とはいえず、雪景色は期待はずれ。それよりも、翌朝の濃霧がよかった。カメラのレンズに水滴がつき頭髪が濡れるほどだったが、土手に立つと異次元の空間にいるようなときめきを覚えた。季節がら強風が吹き、そんな日は富士山がよく見える。というように、気象の変化には見慣れた景色を別物に見せてくれる功徳がある。
週の初めは、私は歌謡人間だ。家にいても土手を歩いていても、頭の中にはいろんな歌が渦巻いている。一日じゅう母と歌謡ビデオを見て過ごす週末の後遺症で、ひっきりなしに演歌や童謡・唱歌の一節が口をついて出るのだ。この日は『早春賦』だった。
♪♪春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
氷解け去り 葦は角ぐむ さては時ぞと 思うあやにく
今日もきのうも 雪の空 (吉丸一昌作詞/中田章作曲)
メロディーといい歌詞といい、すばらしい曲だ。もちろん私は谷を土手と読み替えるのだが、「時にあらずと声も立てず」というウグイスの心情を思うと胸に迫るものがある。詩人のこういう感性はもちろん、歌の力、言葉の力はすごいなあと思う。
覆いかぶさるような曇天の下、寒風をこらえて歩く。まだ景色の変化は乏しく、勢いがあるのはネギ畑くらいだ。小さな畑に、青くたくましいのがみっしりと育っている。で、このほど特許庁に「矢切ねぎ」が商標登録されたという話を思い出した。
“渡し”で有名な矢切は10キロ余り下流で、ネギ栽培が盛んな地域だ。当地流山でも同様なのは江戸川の氾らんがもたらした土壌が適しているためだそうで、明治初期から始まったという。さらに下流の「市川なし」も同じ恩恵によるものなのだろう。
このネギは太くて甘味がある高級品種で、料亭用のほか贈答品としても珍重されるとか。中国製冷凍ぎょうざ事件を機に中国産食材の安全性が大きな問題になっているが、身近にこういう生鮮食材が豊かにあるとは幸せなことだ。とはいっても、正直なところネギはあまり好きではない。学校給食のみそ汁に無造作に入っていた、太くて生っぽいのを悪夢のように思い起こす。
ネギといえば、食道楽のsaheiziさん梟通信が大塚「岩舟」のネギ蕎麦とか、よく書いていらっしゃる。私はグルメとは縁遠い人間なので、しばしば紹介されるいい店や美味いもの情報にはなじめないのだが、「バルセロナで食べた黒こげネギ」の話(1/22)は印象深い。
それは、長いまま黒く焦げたのが山盛りにでてきたやつを「一皮剥いたらソースをつけて仰向いて青い方を持って口の上に吊り下げるようにして下の方からツルッと食べる」のだとか。汚れないようにエプロンと腕カバーをしてからとりかかるというから豪快だ。スペイン人の味覚は不明ながら、日本でも食通の文章などにネギ談義を見かけることがあるから、案外と国際的な人気食材なのかもしれない。美食ぎらいでも「ブドウの枝で焼くと風味が増す」などと聞くと、野趣ゆたかで美味そうに思う。
ネギ、ねぎ、葱……私は数年来、妻が参加している短歌の同人誌の校正を手伝っている。もとより素人作品だから上手な歌は少ないが、各地に住む人々の生活感ある詠草にはそれなりの魅力もある。メンバーの大半が高齢者ゆえ、老い・病・死などを詠んだ歌が多く、しばしばやりきれぬ気持にもなる。けれどもまた、筆跡のおぼつかない原稿と突き合わせながら読むと、人生の真理をかいま見たような感銘を受けることもある。
先日見た中に「野良仕事を終えて家に上がり下着を脱ぐとき、ふと玉ねぎの皮をむく動作を思っていた」という歌があった。
ネギも玉ねぎも、薄皮を一枚剥くだけで白くみずみずしい肌が顕れる。考えてみればちょっと変わった野菜だ。だからといって、私は決して(断じて、誓って)汚れた野良着から現れた白いお尻を想像したわけではない。農家のおば(あ?)さんの、たくましくも愛すべきしぐさに飄逸な人柄がうかがえて、いい歌だと思っただけだ。
早くもオオイヌノフグリのかわいい花がちらほら見られる。枝先がけぶってきたカワヤナギは芽吹きが近い。月が変われば菜の花が咲き出す。今まさに土手には、星野立子が「下萌えて土中に楽のおこりたる」と詠んだその気配が感じられる。
by knaito57
| 2008-02-13 07:01
| ◎土手の細道
|
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Comments(10)
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散歩好き
at 2008-02-13 08:17
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古ヶ崎の花畑に去年は菜の花が年を越してあったのですが現在はコスモスと共に綺麗に刈られホトケノザとイヌノフグリが地面に引っ付いています。例年より寒いのに・・。ヒバリも寒風の通り抜ける空で囀り始めました。
矢切れネギは土をネギの上部まで盛、白い所多くしているようです。
ネギの白い部分と緑の部分との二股に分かれた所は醒臭を感じ今でも苦手です。他の部分は好んで食べます。
矢切れネギは土をネギの上部まで盛、白い所多くしているようです。
ネギの白い部分と緑の部分との二股に分かれた所は醒臭を感じ今でも苦手です。他の部分は好んで食べます。
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saheizi-inokori at 2008-02-13 10:00
「早春賦」とか「春の小川」とか無性に歌いたくなることがあるけれど何となく歌わないのです。
谷中に沖縄料理のカウンターだけの小さな居酒屋があってそこでは有線カラオケを歌えます。
ほんとにたまにどこかのオジサンと一緒になると文部省唱歌をがなりあうのです。そこなら歌える!
谷中に沖縄料理のカウンターだけの小さな居酒屋があってそこでは有線カラオケを歌えます。
ほんとにたまにどこかのオジサンと一緒になると文部省唱歌をがなりあうのです。そこなら歌える!
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knaito57 at 2008-02-13 12:40
“散歩好き”さん。「矢切ねぎ」の記事はご当地松戸市農政課によるものでした。それによると、火曜と土曜の直売日(JA馬橋)には開店してすぐに売り切れるほどの人気だそうで。でも、私もあの二股になったあたりは苦手です。
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knaito57 at 2008-02-13 12:48
saheiziさん。ヒトはその頭の中に収まっている音楽(歌)データを分析すれば、生涯がわかるように思います。ところで──私の場合、小学校の校歌はよく覚えているし、中学もまあまあ。ところが高校、大学となるとほとんどあやふや。まことに悔い多き人生です。
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saheizi-inokori at 2008-02-13 22:50
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散歩好き
at 2008-02-14 10:03
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甲子園の実況で聞いた盛岡一高の校歌は軍艦マーチのメロディーでした。米内光政の母校だそうです。
小生の所の高校の校歌は花咲爺と瓜二つです。これなら忘れないですね。
小生の所の高校の校歌は花咲爺と瓜二つです。これなら忘れないですね。
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knaito57 at 2008-02-14 10:55
今にして思うんですがね、saheiziさん。社歌のある大企業などに勤めなくてよかった。適応できず落伍していたにちがいない、と。大きな組織や集団に帰属すること、その全体主義に生理的嫌悪を感じる“もともと偏屈男”も、子どものころは純真だったというわけなんです。
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knaito57 at 2008-02-14 11:11
“散歩好き”さん。「花咲爺さん」そっくりとは……大学の校歌(応援歌?)もかなりユニークだったと、以前書いていらしたですね。
甲子園野球の校歌(歌詞)を見るたびに思うのは呆れるほどの類似性、同工異曲のきわみということです。地元の山河を織り込んで若者の未来をうたうばかりで、あれでは安っぽい愛校心も湧いてこない。「涙・酒・星・恋」などのキイワードを並べ替えるだけの歌謡曲以下ではないでしょうか。
甲子園野球の校歌(歌詞)を見るたびに思うのは呆れるほどの類似性、同工異曲のきわみということです。地元の山河を織り込んで若者の未来をうたうばかりで、あれでは安っぽい愛校心も湧いてこない。「涙・酒・星・恋」などのキイワードを並べ替えるだけの歌謡曲以下ではないでしょうか。
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antsuan at 2008-02-21 12:21
おシリは連想しなかったけれど、やっぱり連想してしまいましたょ。(笑)
ネギだーい好き。しかし、そういえばこの頃ネギ坊主を見ていません。写真を見て懐かしくなりました。 霜柱をつぶすと春が近いんだなぁと思うこの頃です。
ネギだーい好き。しかし、そういえばこの頃ネギ坊主を見ていません。写真を見て懐かしくなりました。 霜柱をつぶすと春が近いんだなぁと思うこの頃です。
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knaito57 at 2008-02-21 13:55
antsuanさん。俳句のほうは知らず、短歌では今や“老い・介護”はれっきとした一分野となっています。この同人誌の巻頭にはえらい先生の作品が並ぶのですが、その格調高く雅な歌はちっとも面白くなく、感銘することもない。知識・技術よりも「生活の中に何を見、何を感じたかが大切」と思うゆえんです。
時節柄、自衛艦に引っかけられないようご注意を……。
時節柄、自衛艦に引っかけられないようご注意を……。